執筆日記


 この本ができるまでのエピソードをまとめてみました。

◆ 1999. 12. 15
 忘年会シーズンもたけなわの12月中旬。すばる舎の編集部から1通の電子メールが届く。インターネット初心者を対象としたメーリングリスト開設の入門書を書いてほしいという執筆依頼であった。これが今回の書籍出版に至るすべてのはじまりであった。

◆ 1999. 12. 22
 すばる舎の編集担当の人と初顔合わせ。すばる舎という出版社は馴染みがなかったのだが、すでに出版している本を見せてもらったところよく立ち読みする本ばかりだった。表紙最上部が赤で「Compu Books」と書いてある本がすばる舎のコンピュータ書である。企画書を見せてもらい具体的な執筆内容を教えてもらう。

◆ 1999. 12. 25
 まだ、執筆を引き受けるか考えあぐねていた。来年は外国出張もあり、本を書くようなまとまった時間が取れる保証がなかったからだ。やれるとしたらは2月と3月の間だけ。執筆活動は初めてだけにふんぎりがつかない。そんな折、先日会った編集担当の人から丁寧なお礼の手紙が届く。これが決め手となり執筆決意をした。

◆ 1999. 12. 27
 電話で執筆を引き受ける旨を伝える。まずは、目次作成から始めることになった。さあ、忙しくなるぞ!

◆ 1999. 12. 31
 大晦日、紅白歌合戦を見ながら目次を作成。実際に書ける分量と、構成を加味しながらの目次作りはけっこう難しい。分量を気にしない卒業論文の方が楽かもしれない。そうそう、深夜0時はどこもミレニアムに酔いしれお祭り騒ぎ。そして、コンピュータの2000年問題がついに訪れた瞬間でもあった。JR山手線は一時運転を休止し、NHKもすぐさまニュースを放送して現状を報道していた。

◆ 2000. 1. 7
 年明け早々、目次を提出。すんなり通ってしまった。技術本にせず運営ノウハウの本にするという当初の方針ははこの時点で決めていた。編集担当の人から、次はおおまかなページ割り振り(台割)を作成してほしいとのこと。なるほど、まだ原稿執筆は先か。

◆ 2000. 1. 10
 今年から施行された第2月曜を成人式とするハッピーマンデーに懸案の台割を作成。目次ごとにどんな内容を書くかをつけていく作業にとりかかる。項目ごとに使用するページ数の割り振りもしていくので、なかなか面倒であった。当然、原稿を書いていくうちに随時変更していくことになるがだろうが、おおまかな概算をつかむのは難しい。ページ数も208〜224ページ(16の倍数)と固定されているので、これに合わせるのが大変だった。ホームページのコンテンツなら文字数もページ数も無制限に作れるが、書籍の場合はそうはいかないのがつらい。

◆ 2000. 1. 16
 記念すべき最初の原稿執筆日。でも、1ページ書き上げるのに1時間以上かかってしまった。文字数を気にしてるせいだろうか。意外と筆が進まない。最近、「メーリングリスト開設の手引き」の新しいコンテンツを作っていないせいもあり、思わぬ誤算。

◆ 2000. 1. 27
 編集者さんとすばる舎にて執筆内容の打ち合わせ。池袋に出向くのは実に数年ぶり。台割の内容を見ながら追加や変更の細かな打ち合わせをする。これでいよいよ本格的な執筆活動が始まる。以後の連絡はすべてメールでやり取りするとのことだ。気になるのは原稿締切日で3月31日はつらいかも。出版は7月頃とここまでスケジュールが決まっているとはびっくり。

この当時、原稿執筆の段取りはこんなスケジュールを立てていた。
当然、予定通りに事が運ぶわけがないのは周知のごとし。

◆ 2000. 2 (上旬)
 平日は本業の論文締切に追われ、土日に集中で原稿を書くといった一週間が続いた。当初の予定では、土日に1日10ページ程度、平日に2〜4ページ、合計一週間で40ページ程度は書けるであろうと思っていたのだが大きな間違いだった。
 平日は帰宅が深夜になり、ほとんどへとへと状態で書く余力はなし。それを土日で埋めようとするが、一日8ページがいいところだった。いざ執筆を始めると調べるための時間が必要となる。うる覚えでよかったものでも、本にするとなればそうはいかない。時にはネットサーフィンして情報を得たりするので、あっという間に1時間は過ぎてしまう。こういう時間を考慮していなかったのは甘かった。ちなみに、Part 1のメーリングリスト選定は執筆の中でもっとも時間がかかった。HPのデザインもよく活動しているメーリングリストを見つけるのは結構大変な仕事であった。

◆ 2000. 2 (下旬)
 本業の論文締切が14日とバレンタインデーでなんとも嫌味な日だった。しかし、それがのびのびになって全部を終えたのが締切から10日後。とりあえず大きな仕事は片づいたので、原稿執筆に専念する。この時点でPart 2まではなんとか仕上げていた。
 日が経つにつれ、少しずつ執筆の要領がつかめてきた。何を書くか草案をおおまかに練って気持ちを集中させ一気に書く。この繰り返しで目標としている一日あたりのページ数をこなしていけるようになった。tPart 3とPart 4は図説が多く比較的文字数が少ないので、筆の進みも早かった。月末でPart 4まで完成。

◆ 2000. 3 (上旬)
 Part 5とPart 6の執筆はきつい。文章量が多いので、書いていくとまとまりがつかなくなるときが何度もあった。同じような内容を繰り返し書いていたり、初心者にはちょっと難しい内容にまで踏み込んでしまうときもしばしばだった。日曜日には数ページ書いたらぐったり眠り込んでしまったり、平日深夜に急ぎ予定ページ数を仕上げるなど、睡眠不足の毎日が続いた。Part 5とPart 6は、今までに出版されているメーリングリスト解説書には書いてない内容であるだけに、今回の書籍としてはウリの部分となる。それだけに自分自身も力が入り、気力だけが先走る執筆となっていた。台割も変更しながら、ページ数調整の七転八倒の連続。新しいアイデアが出ると、どの項目を削って補充するかといった構成の練り直しに悩んだ。とりあえず削らずに残しておこうと前向きに考えることにした。

◆ 2000. 3. 20
 Part 6までの原稿下書き終了。思わず「終わった〜!」と叫んでしまった。Part 6後半のトラブル対策や管理者心得は時間をかけて書いただけにひときわ労力を費やした。それでも、執筆になれてきたせいもあり、一思いに書くスキルは上がったのはうれしかった。
 問題は、残された日程だ。少しだけテキスト入力をしていたのだが、これまた大きな誤算が生じた。Part 1の文章があまりにもずさんすぎて手直しがかなり必要であった。最初のうちはとにかく何か書けていればよいぐらいの感覚でいたので、まとまった文章になっていなかったのだ。読み返しても何を言いたいのか自分でも理解できず、入力をしながら文章を修正する繰り返し。一日数ページしか打てないときもあり、あせりを感じ始めた。

◆ 2000. 3. 31
 事前に編集担当の人に経過を話したら4月中旬まで何とかなるとのこと。それでも悠長なことはしていられない。4月はカナダの出張が入っているからだ。
 画面キャプチャをひたすら撮りながら入力を続ける。どの画面を撮ったか記録をつけながらの作業は時間がかかる。テキスト入力は幸い、Part 3あたりからひどい文章が少なくなってきたので、ピッチが早くなった。バックアップも入念にとり着実に作業をこなし続ける。

◆ 2000. 4. 7
 Part 4までのテキストとキャプチャをMOに納めてイラストといっしょに編集担当の人へ郵送。残りは帰国後に出すことになった。ちなみに、この時点で80 MB近いデータ量となっていた。キャプチャをビットマップで保存しているので、これが容量を食っているのだ。

◆ 2000. 4. 9
 カナダへ出張。朝7時なのに成田エキスプレスは満席。カナダへの直行便がとれなかったので、デトロイト経由で13時間のフライト。エコノミーでずっと座りっぱなしは退屈でおしりも痛い。長時間のフライトのときは、あらかじめ免税店で小さいウィスキーを買っておき、ゆっくり機内で味わうのが賢いと今回つくづく思った。(すぐ近くの席で実演している人がいたのでよい勉強になった・・・)

◆ 2000. 4. 17
 帰国後、残りのテキスト入力をしなければいけないのだが、不在中の残務処理が山積み。本業の論文修正が届いていたり、提出書類もあったりであっという間に一週間が過ぎた。
 そうそう、カナダ値在中、せっかくなのでナイアガラの滝を見に行った。足もとの下から水が流れ落ちるところまで行けたり、遊覧船で至近距離で滝を眺めることもできる。そのスケールと水しぶきは自然の壮大さを肌で味わえる感動もの。白糸の滝や華厳の滝のスケールが小さく感じてしまう。

◆ 2000. 5. 6
 ゴールデンウィークは入力三昧。一日20ページペースでなんとか全部打ち込んだ。あとはPart 5以降のキャプチャとプロバイダやコマンドの表作り、そしてイラストのラフを仕上げるだけだ。ひとまず、テキストデータができたのでホッとした。これがなければ編集作業どころではない。

◆ 2000. 6. 1
 実は編集の日程で原稿の編集作業が6月中旬からとなり、しばらくの間空白ができた。私自身、5月は余裕なしの過密スケジュールで、本業最優先の日々が続いていた。締め切りもの(しかも英文の論文もあり)が一週間に3つというハードな作業が4週も続いていたのだ。もし、この月に編集作業開始となったらギブアップしていただろう。残りのキャプチャやイラストも含めた執筆原稿を上旬に郵送。これで、本格的な編集作業が始まる。

 さて、困ったのは今後の予定だ。
 7月は大事な発表会を控えているだけに、果たしてこなせるのだろうか?このスケジュールは変更できないらしく、覚悟を決めねばならないだろう。

◆ 2000. 6(中旬)
 ここからは編集者さんと二人三脚でのやりとりが続く。追加原稿や補足、キャプチャの撮り直しといった依頼がメールで届く。メールでの連絡ではわからない所は直接電話で問い合わせ。やはり、直接話す方が要件はスムーズに伝わる。メールでは相手の時間を気にせずメッセージを伝えられるが、細かい所は電話でないとカバーできない。当初、224ページのはずがどうも208ページになるらしい。224ページで書いただけにカットされるのがなんともせつない。土日を使って追加原稿を書き上げる。量が少ないのでさほど時間はかからない。自分自身、書くのに要領を得てきたともいえる。原稿をメールで送り、新しい追加を受け取る毎日が続いた。

◆ 2000. 7. 6
 初校が宅配便で届く。今まではただのテキストだけの原稿だったものが立派なレイアウトで仕上がり、感動で涙が出る思いだった。各項目ごとに大見出しでまとめられ、どのページも見た目がすっきりしてよみやすく編集されており、書籍として申し分ないほどにまとめられていた。さすがは編集者さん、何とお礼をいってよいか言葉が出ないほどだった。深夜3時まででき上がったゲラを読みふけっていた。この新鮮な感動は忘れることはないだろう。

◆ 2000. 7. 15
 初校の修正締切。こいつをなるべく早く仕上げないと本業の発表会に支障が出る。毎日朝4時まで校正に時間を費やしていた。就寝するときはすでに外は明るい。睡眠時間3時間弱。すさまじい日々が続いた。表現の不備を直すのは時間がかかり、一回だけしか目を通せなかった。あとは、再校で補うしかない。

◆ 2000. 7. 20
 再校のゲラが届く。今度はイラストもついた完全原稿として仕上がってきた。イラストレータさんの絵だけにさすがタッチの表現がうまい。
 大事な発表会も先日終り、しばらく本業はマイペースでいける。ただ、24と25日が外出なので、早々に再校を仕上げなければならない。締切は27日までだが、23日には発送しておかないと大変だ。
 やはり、初校だけでは表現などの修正は十分ではなかった。赤ペンを入れる箇所は多かったが、いささか神経質にもなっていた。細かい表現にこだわりすぎていないかとペンを入れた後読み返してしまう。

◆ 2000. 7. 25
 表紙のイラストが届く。自分の名前が表紙に書いてあるのを見てこれまた感動。そして、カラフルで格好いいデザインのイラストに見とれてしまった。いよいよ自分が書いた本が出版されるんだなと実感がわいてくる。

◆ 2000. 7. 31
 入稿日。ところが、前日最終チェックをしたらまだ直しきれていない箇所を発見。無理を承知で修正を頼んだ。編集者さん、無理な注文をして本当に申し訳ないです。
 これで、原稿は完全に手元を離れ、印刷ラインに入る。

◆ 2000. 8. 9
 書店に出る一足前に見本誌が届く。梱包を開いて一番上にあった本は私の宝物。ついに出版されるのかと思うと、どきどきするのもさることながら、売れるのかなと不安の気持ちもよぎってくる。

◆ 2000. 8. 15
 サポートページを急ピッチで作成。お盆明けには書店に出るというので、未完成のコンテンツを仕上げる毎日。レイアウトやカラー設定に一番時間がかかった。
 オンライン書店のサイトで著書を検索したところ、すでにデータが入っていてびっくり。

◆ 2000. 8. 19
 予定では次の週から発売と聞いていたが、地元の書店に行ったら何とすでに店頭に本が並んでいた。しかも10冊ほどドンと山積み。ふだんなら意識しないが、さすがに自分の本だけに、誰か手にとらないか気になってしまった。ともあれ、ついに書店にてめでたく発売開始!果たして反応はいかに。

 いろいろ悪戦苦闘もしましたが、執筆活動は楽しいなという思いも常にあり、これが原動力となっていました。そして、本としてまとめあげるには熱意と根気を絶やさず書き抜くのが大事だなとつくづく感じました。今回の執筆活動を通して、自分自身よい勉強になりました。執筆の機会をくださったすばる舎さん、本当にありがとうございました。


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